2015/03/11

震災から4年

「始まりの写真」プロジェクト web GALLERYに記事をアップしました。
http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.jp/2015/03/blog-post.html


東日本大震災から今日で4年。
発生から1年後の2012年3月11日に僕は宮城県の山元町におりました。一周忌でお寺に集まった被災遺族の方の人数の多さに驚かされました。
震災後、何度か足を運んでいた所ながら、やはりこの日は遺族の方々にとって特別な想いのある日であることを感じました。
仮設住宅住まいの方達も移転される方が多いようですが、先日、現在も仮設住宅住まいの知人から、「山元町で中古住宅物件を知りませんか?」というメールがきました。もちろん、東京暮らしの僕が知るはずもないのですが、閉鎖が決まっている仮設住宅から次の移転先を探さなくてはならない方がいることを知りました。
被災者の方、一人一人の視点に立つと復興とはなかなか一筋縄には行かないものではあります。しかしながら、少しずつでも、被災をされた方々が幸せに向かえるよう、力になれるような温かな気持ちを忘れないようにしていきたいと思います。



2014/08/26

「アフター・マーチ・イレブン」第一話

宮城県山元町在住のイラストレーター、くれいじーまにあさんの震災漫画の第一話のインフォメーションが届きました。東日本大震災での避難生活体験を基に描かれる「アフター・マーチ・イレブン」というタイトルの漫画は、自身のtumblr.=I am Crazy Mania(くれいじーまにあ)にて作品を展開中。
前編と後編に分かれており、表示をクリックして右側の矢印クリックでページを進めることができます。

くれいじーまにあさんとは、僕の震災後に行っていた「始まりの写真」プロジェクトのwebを通じて、本人からご連絡を頂いたのが始まり。
当初から震災の漫画を描きたいという構想は持っていたとのことですが、あまりにも辛い思い出が多く実体験を描くことに躊躇されていた時期もあったという。
しかしながら、この第一話を見て、辛い体験を乗り越えた作家の強い意思のようなものを感じさせられると同時に制作に向かうことができる精神的にも平穏な日常を取り戻しつつあるのではないかと、安堵の気持ちを抱かされました。
震災から3年以上の年月を経て、作家が自らの体験を客観化させた素晴らしい作品であると思います。
震災の貴重な記録としても、被災者の体験を記憶にとどめる意味においても、多くの人に読まれるべき作品ではないかと思います。

今後の展開が楽しみな作品でもあり、多くの人にチェックして欲しいので、この第一話から紹介させて頂きます

2012/12/01

久々の更新となりましたが

今後の指針を示すべく、<「始まりの写真」プロジェクトについて>を更新致しました。
2012年11月初めに訪れた、牡鹿町、女川町、南三陸町の写真も近日中にアップの予定です。

実質、今年に入ってからは、当初のチャリティ撮影という名目にとらわれずに写真でできることという、根本の方向性を探っておりました。活動そのものに3月以降あまり動きを出せずにおりましたが、また来年に向けて新たに始動させて参りたいと考えております。

更新されない間にも、多くの方々から当BLOGへアクセス頂き、常に身が引き締まる思いであります。また、BLOGを通じて様々な問い合わせも頂いており、繋がりが生まれていることにも、このプロジェクトの広がりと新しい展開の可能性を感じております。

<笑顔のシェア>というこのプロジェクトが掲げたテーマを原則に今後も精進して参りたいと思います。


「始まりの写真」プロジェクトについて

「始まりの写真」プロジェクトは、2011年5月に、東日本大震災の被災地を訪れて以来、写真撮影を通じて<笑顔をシェア>する活動として、撮影活動を続けて参りました。
その後、支援者と被災地を写真を通じてその思いをシェアできるよう、当BLOGを立ち上げ、活動の報告を行って参りました。当BLOGへのアクセスは、日本国内のみならず、世界中に広がりを見せており、この東日本大震災からの復興への関心と震災が世界に与えた影響力の大きさを改めて感じさせられております。

これらの活動を通じて、多くの志を共にする素晴らしいボランティア活動をする人たちとの出会いがあり、訪れた被災地においても復興支援の合い言葉でもあった、<絆>を感じさせられる多くの貴重な体験に授かって参りました。
写真撮影という人と人との生の関わりを通じて、カメラのレンズを通した様々な人々の想いを直に感じさせられてきたこと、それぞれの場面において、震災後に育まれた出会いや友情は、私達にある気付きをもたらしており、震災がもたらした多くの悲劇に取って代わる皮肉ではないことを確信させられております。助け合いの精神は、地震や自然災害の多い日本では古来からの災害から身を守る術の一つでもあり、人間としての真実と直結しているという事実を改めて実感させられたのです。

また、震災からまもなく2年が経とうとしている現在、津波に襲われた地域に散在していたガレキのほとんどは集積所へ運ばれ、半壊の家屋等が解体された後に残された風景は、かつて住居や街が存在していたその場所の再開発へと向かう過程にあるようにも一見すると思えるかもしれません。整備された道には復興の多大な成果を感じさせられます。しかし、人の生活の営みが消えたその風景には、今なお震災の傷跡は拭い去る事の出来ない記憶として深く刻まれています。避難生活を続ける被災者の方達にとっては、様々な複雑な想いがあるのです。

かつてそこにあった日常。震災後の今の日常。被災地における無常の世界を眺めながら、外部から来た私のような人間にとっては、今目にしているあまりにも普通にあるこの日常から、あたかもそこには始めから何もなかったことのように思えてしまうかもしれません。しかし被災者の方達その地の人たちにとっては、傷跡と未来を描く無垢のキャンバスそれぞれの側面を持った、心に結びつけられた聖なる風景なのです。


苦境の中、もがきながらも前を向いて行こうとする多くの人たちがいます。そして一歩づつ前へと進んでいる人も多くいると思います。
このような人たちの精神力に、むしろ励まされた支援活動をされた人も多いに違いありません。私の「始まりの写真」プロジェクトのアイデアそのものは、未曾有の震災を目の当たりにした被災者、支援者とを写真の力で笑顔を紡ぐというものでありました。しかしながら、継続させるモチベーションは、やはり実際に現地へ赴いて被災地で出会った人々の前向きな想いであったのです。今なお私は、被災地でがんばる人たちの姿にむしろ後押しされた形で、この活動に関わって行きたいと考えているのです。


2012年以降、避難生活者の方々の仮設住宅への転居が各地で進み、被災地における被災者の自立支援を促すという全体の流れに伴い、当初はチャリティ支援活動として始動した当プロジェクトではありましたが、現在はチャリティで支援して行くという方向性は絶っているのが現状ではあります。今後は、チャリティという支援方法だけにとらわれる事なく、この活動を通じて築き上げて来た<絆>を過去のものとするのではなく、純粋に人の想いをメッセージできるようなプロジェクトへとシフトしていきたいと考えております。

写真とは、過去を過去へと追いやっていくものであるかもしれません。しかし、現在と常に向き合うと言う意味においては、過去を現在として向き合う事も可能とするものでもあります。そして、過去と向き合いながら未来へと向かう現在が被災地にはあると私は思うのです。私が今まで撮影して来た写真、今後撮影していく被災地の姿が何らかの東日本大震災で被災された方達にとって少しでも前を向く手だてとなるようなものであって欲しいと願うのです。
                          2012年12月1日  安藤毅

2012/05/07

311 そこにある言葉と風景、目には写らないこと。





東日本大震災から、ちょうど1年の2012年3月11日に訪れていた宮城県山元町にて感じたことを、写真と言葉で綴っております。

「始まりの写真」プロジェクト web GALLERY
http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.jp/2012/04/311.html


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2012/04/11

少年たちの願い


2012.3.10.震災一周忌の前日にあたるこの日、私は、山下中学校の卒業式を撮影するため、宮城県山元町を訪れていました。
卒業式終了後から、当日宿泊をさせて頂くお宅へ伺う夕方の時間までの間、仮設住宅にてコミュニティカフェ活動を行うグループに合流して、そこで集まって来た少年たちと遊んでおりました。
仮設住宅での少年たちとの触れ合いを「始まりの写真」プロジェクト web GALLERYにアップしました。

http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.jp/2012/04/blog-post.html


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2012/03/26

卒業写真。


2012.3.10.に撮影した、山下中学校の卒業式の写真の台紙へ張り込む作業が完了しました。
一人一人の卒業証書授与の写真を89名の卒業生全員にお届けするべく、本日発送致します。
下段右側の写真は、同じく今年度で教師人生を全うされて、卒業される渡邊校長先生が、卒業生から、卒業証書を授与されるところ。
震災後、山下中学校は山元町の避難所となり、渡辺校長を筆頭に教師、生徒一丸となって、避難された方々との共同生活の手助けをしておりました。
中学3年生という人生の門出に震災という大変な経験をされた卒業生の皆様は、この培った経験を礎にこれからの人生を大きく羽ばたいて行くことでしょう。
撮影に携わらせて頂けた事をはなむけとし、心からお祝いを申し上げます。


2012/03/21

The Road to Recovery 友情の始まり

2012.3.8.在日英国大使館大使公邸内にて行われた、BCCJ(英国商工会議所)主催の復興支援パーティ"The Road to Recovery"の様子を「始まりの写真」web GALLERYにアップしました。


「始まりの写真」プロジェクト web GALLERY
http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.jp/2012/03/road-to-recovery.html


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こちらの写真の方々は、このパーティで出会った宮城県亘理町で着物リメイク手仕事でFUGUROという復興支援を賭けたプロジェクトを手がける皆様。
Watalis facebook pageを是非ご覧下さい。

2012/03/10

小雪の舞う朝に

本日、3月10日は、山元町立山下中学校の卒業式です。
卒業式の撮影の為、こちらに参りました。

早朝に到着した仙台駅前には、小雪が舞っておりました。
雪の卒業式です。

震災後、住む家を失われた多くの人が、山下中学校の体育館にて共同避難生活を送られていました。
本日、卒業式を迎える3年生が中心となり、自らの家族も被災者でありながら、また学校での生活と両立させながら、避難されて来た方々のお世話にあたり、大変な努力をされてきました。
共通に訪れる人生の門出の日を迎える卒業生の皆様に心からお祝い申し上げます。

一方、明日、3月11日は、鎮魂の日です。
一年前、震災の翌日、やはりこちらでは雪が降りました。

多くの悲しみと苦しみと共に長い一年を過ごされてきた方々と共に、明日もこちらに滞在して、哀悼を捧げたいと思います。

2012/01/28

2012.1.8. 山元町成人式 Vol.3の写真アップしました。


2012.1.8.に行われました、成人式後、タイムカプセルオープンの様子を「始まりの写真」プロジェクト web GALLERYに第三弾としてアップしました。

懐かしさに笑みが溢れ、20才になる子へ宛てられたお母さんからの手紙に涙する、とても感動的なひとときでした。
山元町成人式の写真は、今回Vol.3にて完結致しますが、改めて、この度新成人を迎えられた皆様へお祝いの言葉と大人の門出に心からエールを送らせて頂きたいと思います。

「始まりの写真」プロジェクトweb GALLERYの掲載ページURLは以下の通りです。


http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.com/2012/01/201218-vol3.html


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2012/01/21

2012.1.8. 山元町成人式 Vol.2の写真アップしました。

2012.1.8.に行われました、成人式のアトラクション、式典終了後の写真を始まりの写真」プロジェクト web GALLERYに第二弾としてアップしました。


アトラクションでは、新成人の恩師の方々が祝辞を述べられ、同じ被災地で暮らす恩師からの言葉に耳を傾ける新成人の皆様の姿がとても印象的でした。
また、旧友との再会に笑顔が溢れる式典終了後の団欒の様子も大変心が温まる光景でした。
震災前と後の山元町の風景が映し出されたアトラクション内で上映されたスライド写真は、震災後に初めて山元町を訪れた私にとって興味深いものではありましたが、今回は成人された皆様の写真を掲載する事を目的としており、割愛させて頂いております。
何かの折に触れてご紹介出来ればと考える次第です。


第三弾として、後日写真をアップする予定でおりますので、引き続きチェックしてみて下さい。


「始まりの写真」プロジェクトweb GALLERYの掲載ページURLは以下の通りです。


http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.com/2012/01/201218-vol2.html


↑上記URLクリックでページに飛びます。

2012/01/19

山元町成人式 Vol.2アップの予告。

山元町の皆様、大変お待たせしております。
成人式写真Vol.2を今週末までには「始まりの写真」web GALLERYの方へアップ致します。
今暫くお待ちください。
アップ致しましたら、こちらのBLOGにてお知らせ致します。
また、タイムカプセルの写真をVol.3として、また後日アップする予定です。
何卒、よろしくお願いいたします。

「始まりの写真」プロジェクト
安藤 毅

2012/01/14

2012.1.8. 山元町成人式 Vol.1の写真アップしました。


山元町の皆様、大変長らくお待たせ致しました。
2012.1.8.に行われました、成人式の写真を始まりの写真」プロジェクト web GALLERYに第一弾としてアップ致しました。

なるべく多くの写真を掲載したいと考えており、少々、アップまでに時間がかかっております。
まず、第一弾として、式典が始まるまでと式典の間の写真を掲載致します。
また近日中に、式典とアトラクションの間や、終了後に撮影した写真、タイムカプセルの写真を順次アップして参りますので、引き続きチェックしてみて下さい。

「始まりの写真」プロジェクト web GALLERYの掲載ページURLは以下の通りです。


http://hajimarinoshashin-gallery.blogspot.com/2012/01/201218-vol1.html

↑上記URLクリックでページに飛びます。
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*写真を追加アップしました。(山元町成人式 Vol.1)



2012/01/10

2012年、「始まりの写真」は山元町成人式から。

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
旧年中は、「始まりの写真」プロジェクトをご支持頂きましてありがとうございます。

2012年の始まりは、山元町の成人式にて撮影を行って参りました。
震災後初の成人式ということもあり、新成人の方々に寄せる期待と若い人たちの希望に溢れた素晴らしい成人式に同席させて頂き、大変感動致しました。
改めまして、成人式を迎えられた皆様方おめでとうございます。

これからの時代は、間違いなく若い人たちが築き上げる新しい社会となるべきです。
逆境にくじけることなく、夢と希望に満ちた社会を築き上げていって欲しいと心から願います。

早速、多くの方々からアクセス頂いておりますが、写真の方は早急に作業を進めておりますので、近日中にアップします。
暫しお待ち下さい。




「始まりの写真」プロジェクト
安藤 毅

2011/12/01

がんばっぺ!! いわき!! 日本!! 「始まり」の人々。

<夜明け市場>

先日、訪れた福島県いわき市では、沢山の「始まり」の人々と出会う事が出来ました。
大震災の被害に加えて、福島第一原発事故による風評被害の影響も大きい福島県いわき市。
JRいわき駅にほど近いエリアに地元有志の力を結集させた「夜明け市場」という飲食店街が誕生していました。
市の再生事業の一環で、被災店舗を空き店舗にリニューアルオープンさせるというプロジェクトにはとても興味深いものを感じました。
今回、私が参加をさせて頂いたのは、「facebook 夜明け市場オフ会」。ソーシャルネットワークを活用して、復興を目指す地元有志の方々の集いです。
様々な職業の方達が、想いを一つに、外部からの参加の私も温かく迎えて頂きました。


ビルの合間に提灯が揺れるいい感じの横丁です。
参加者の皆さん店主さんで「始まりの写真」撮影。焼酎「夜明け」が誕生。
焼き鳥酒場 ありがとう。



 肌寒さを感じる11月の夜。温かな光の包まれて、深まっていきました。

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<印刷会社による復興活動の底力>

株式会社いわき印刷企画センターの鈴木さんにお声をかけて頂き、「始まりの写真」撮影で伺って参りました。
全国規模の印刷会社による街おこし「マーチング委員会」の企画に参加をされるこちらの会社では、震災後、いわき市の復興の為に、「がんぱっぺ!!いわき!!日本!!」ののぼりを制作して、いわき市に提供されました。
全国で2番目の土地面積という広いいわき市内を車で走ると目に入ってくるのぼりの文字。
市民の方々の勇気となった事は言うまでもありません。
鈴木さんにお話を伺うと、当初、地元であるいわきに応援メッセージということで、「がんばっぺ!!いわき!!」のメッセージのみの案であったものの、「やっぱり、震災復興は、いわき市だけ問題ではない、<日本>も加えるべきだ!」となり、「がんばっぺ!!いわき!!日本!!」としたとの事でした。
この言葉からは、いわきから、日本を元気にしていこう!といった率直で前向きなメッセージを感じることができて、いつも私が感じている、被災地の人々のくじけない姿を浮き彫りにしたようなすばらしい言葉ののぼりだと思いました。



いわき印刷企画センタープロデュースの完バッジ
中央の「がんばっぺ!茨城」の完バッジを参考に(パクって?)作ったという。
「ウチの会社は、自分たちでもパクっちゃうので、パクリ歓迎なんです。いわき市内でも津波の被害が大きかった四倉地区には、『がんばっぺ!!いわき!!日本!!』じゃなくて、四倉の人たちに為にも、やっぱり『がんばっぺ!!四倉!!』だ!ってことで、自分たちのアイデアをパクって四倉向けにのぼりを作ったんです。」
と語る鈴木さんの言葉からは、ただのパクリではなく、優しさのある、印刷会社だからこそ出来る復興への強い想いと底力を感じるのでありました。

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 <たのしい有限会社 すし八>

いわき市役所の目の前という、好立地に位置する<回転寿司 すし八>。
震災による直接的な被害は免れたものの、震災後の客足は少なくなってしまったと言います。
こちらのご主人出村さんに会いに、夜の営業時間直前に伺って参りました。


震災前の主な常連のお客さんは、市役所の職員さん達。現在、いわき市の職員の人たちは、震災後の業務の為、深夜まで休む暇もなく全速力で稼働しており、多忙を極めているとの事です。それでも、人手が足りない状況があり、他県から応援で派遣される職員の方も大勢いるとの事でした。
以前は、就業時間後に電気の消えた庁舎を背に、すし八に足を運んだ市の職員の方達も、そういった状況もあり、今はたまにしか来られなくなってしまったとの事でした。
そして、出村さんがなにより懸念をされていた事が、「このような大震災の処理に携わる市の職員が、寿司屋で食事などけしからん。」といった風潮があるという事でした。
職員の方々もその事を気にかけて、外食を控えるような傾向があるらしく、少なからず飲食業界へ影響を及ぼしているのです。

確かに、飲食業とは業種が違いながら、震災後に不謹慎な行動を慎むといった暗黙の了解があった中、私のようなフリーランスカメラマンの仕事にも少なからず影響があったことは事実でもありました。
だからこそ、自分の生業である写真で復興の礎となるような活動をしてみたいという思いから、「始まりの写真」プロジェクトを始めることに踏み切ったのだと、今思い返してみると、そのようにも考えております。

すし八ご主人、出村さんが経営する会社名は、<たのしい有限会社>。社名の由来は、「やっぱり、楽しい事がなきゃ、人間はだめなんじゃないかな〜」というご主人の言葉そのもの。お店に入ると、納得の楽しい回転すしっぷり。

市の職員さんであっても人間であり、食事をするのは当たり前の行動であり、なおさら、話に聞く程のハードワークをこなしている方達こそ、美味しいにぎりをつまみながらでも、息抜きが必要なのではないかと感じてしまうのは、私だけでしょうか。

すし八さんのにぎり寿司、回転だからといって、侮ることなかれです。職人でもあるご主人にカウンターで握って頂くお寿司はネタもにぎりも絶品でした。お店自慢の玉子焼きも絶品でした。お土産に一人前にぎってもらっちゃいました。

震災前は、地の物中心でやっていたのが、今は、小名浜港の水揚げもないので、それだけが残念だと職人気質のご主人は言っていました。
一日も早く、きれいになったいわきの海から魚が穫れる日がくる事を願うばかりです。

その日が来るまでも、是非、市の職員さんにもすし八さんにまた足を運んで頂きたいなあ、とも思いました。

たとえ、地の物だけでなくても食とは、絶やしてはいけない文化です。市の職員さんのちょっと位の息抜きにも市民の方々には、温かく見守って頂ければ等と勝手ながら思いました。

今、この逆境におかれながらも出村さんは日々「たのしい」アイデアを考えておられます。
またいわきに行ったら、すし八に寿司食いに行きます。

2011/11/15

コンビニは建っている/セブンイレブンいわき豊間店


コンビニのある風景。それは、現代を生きる私達にとってもはや原風景と言えるのかもしれない。旅先、知らない土地や海外においても、コンビニを見つけては安心された経験のある人も多いのではないだろうか。コンビニは、私達の生活の中で灯火のような存在なのかもしれない。

震災前、豊間のビーチは、サーファーたちで賑わった。今、浜辺に人影は見当たらない。浜辺に建っていた住宅も今は、姿を消してしまった。近隣の住民は避難の為、人口は減ってしまい、街道を走る車の数もまばらである。
海辺を走る382号線沿いにセブンイレブンいわき豊間店は、今も営業を続けている。仮設の店舗と移動販売で店を切り盛りしているのは、オーナーのご夫妻と出向の従業員の方の3人。

店内には、パンやお弁当が少量並べられている。コンビニ特有のポスレジはない。
あとは、移動販売車にて、市内を移動しながら販売をしている。

今回のいわき市来訪において、私は、そこで生きる人々のくじけないたくましさを否応無しに感じさせられている。福島県を取り巻く状況は、周知のとおり、最悪なのかもしれない。しかし、そんな今でも、震災前と同様、「東北の湘南」と呼ばれたいわきにはサンシャインが降り注ぎ、そこで根を張る人々は、逆境をものともせず、精一杯生きている。

人口が減少してしまったこの地においての営業再開には不安があるとのことながらも、12月中旬に被災した店舗を修復してリニューアルオープンをするという。
豊間の灯火となるべく、コンビニはそこに建っている。
修復工事は、これから。
柱だけ残された被災した店舗の向こうには、静かな夕暮れの海が広がっていた。








(撮影を申し出た所、了承を頂き撮影をさせて頂いて参りましたが、ご主人と奥様はBLOGの掲載のご辞退をされたので、従業員の方のみ掲載しました。)

2011/11/11

久之浜、浜風商店街。


2011.11.8.福島県いわき市に訪れました。青空に白い雲が浮かぶ気持ちのよい天候。久之浜の<浜風商店街>にて、「始まりの写真」撮影を行って参りました。
ここでは、被災した久之浜商工会、商店が結束して商店街を9月3日にオープンしました。

私が訪れた火曜日の午前中は、各商店がオープンの準備等を行いながら、皆様それぞれ、外へ出て挨拶を交わしながら、ひなたぼっこしながらおしゃべりを楽しむ、和やかな様子でした。

突然お邪魔したにも関わらず、快く撮影を受け入れて頂き、皆様の写真を撮影して差し上げて参りました。










久之浜第一小学校の校庭の一角を利用して設営された<浜風商店街>。からすや食堂のご主人にお話を少し伺った所、やはり最初は、元あったお店で営業再開をしたいという想いが強くあったそうですが、現在のように、皆で集まってやるのも、今は楽しいとおっしゃっていました。

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<浜風商店街>に出店されている10店舗。上の写真の付箋が元あった場所を示す。

からすや食堂(飲食店)
スガハラ理容(理容所)
石井魚店(鮮魚小売)
リカーランドてんぐや(酒屋)
はたや(スーパー)
あかもの屋(駄菓子屋)
シューズショップさいとう(衣料品・クリーニング)
プラネットさとう(家電小売)
白圡建築設計事務所(建築設計)
久之浜町商工会





元あった商店街の今の様子を見に行ってみると、津波と火災の被害が甚大であったことを感じとれます。様々な困難がありながらも、前向きに笑顔が溢れる商店街を築き上げた<浜風商店街>の皆様には、こころから感動させられ、エールを送らずにはいられない気持ちになりました。
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翌日のお昼に、からすや食堂さんでチャーシューラーメンを戴いて参りました。
浜風を感じる美味でした。

久之浜商工会のブログ
浜風商店街の出来るまでや最近のイベント情報等が掲載されています。





2011/11/08

小名浜、始まりの風景。



福島県いわき市の小名浜港にて、いち早く営業を再開された直売所の丸克商店さんにての「始まりの写真」プロジェクト撮影を行って参りました。このエリアで営業を再開したのは、こちらの丸克商店さんのみ。
東京等の近郊各地から観光バスが続々と立寄り、私が居たわずかの時間にも、かなりの賑わいを見せていました。お忙しい合間のタイミングを見て、従業員さんの写真を撮影させて頂きました。




 震災前には、観光バスが溢れかえった、漁港周辺も、津波の被害で営業が出来なくなってしまい閑散とした風景が広がる中、丸克商店の賑わいは、異彩を放っています。
こちらの商店の一階部分にも津波が押し寄せて、暫く営業することが出来なかった中、ここまで復旧させた事には、丸克商店さんで働く方々の努力の賜であります。そこには、観光バス会社との連携をはかり、一商店の復興のみならず、観光名所でもある、小名浜漁港全体の復興の担い手でもある事を伺わせています。

当の小名浜港の水揚げはまだまだ少ないらしく、まして、福島原発事故による風評被害が輪をかけて復興までには、数々の関門が存在している事は確かです。

しかし、この人々の努力と心意気には感動せずにはいられない、始まりの風景がそこには確実に存在しているのです。



豊かな土地面積と、文化に富んだいわき市における「始まりの写真」プロジェクトは、困難な状況におかれながらも復興に向かう人々を追って、撮影を行って参ります。

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こちらは、同じく、震災後暫く休館を余儀なくされた「アクアマリンふくしま」水族館がオープン。さんまの研究施設としての評価も高い。



2011年11月25日リニューアルオープンの「ら・ら・ミュウ」に誕生する東北最大級の屋内型遊び場。http://www.lalamew.jp/index.php
観光都市のいわき市では、復興に向けて様々な試みがなされています。